- 2016-2-13
- NEWS
世界が注目する94歳のキャリアウーマンの“人生の極意”が散りばめられている映画『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』。本作はアメリカのドキュメンタリー映画の祖と呼ばれ、アカデミー賞ノミネートの経験もあるアルバート・メイズルス監督の遺作に。
本作でプロデューサーを務めたレベッカ・メイズルスが、公開を前に父であるメイズルス監督と製作した作品について語りました。
ⓒIRIS APFEL FILM, LLC.
Q:父アルバート・メイズルス監督は、“米ドキュメンタリー映画の祖”と呼ばれていますが、娘から見てどのような父親でしたか?
レベッカ:父とは非常に強い親子の絆で結ばれていました。一緒に仕事をして、彼のそばにいることが大好きでした。人に優しく、冒険心に対して寛大な人でした。好奇心も非常に旺盛で、クリエイティブ力のある人だと思っていました。とても単純な事にも胸を躍らすような人です。自分の周りにいる人が何をしていて、どんな人生を過ごしているかということに興味を持ち、面白がるような性格でしたので、一緒に仕事をしていて楽しかったです。もう父がいない事がすごく寂しいです。
Q:彼の代表作となる、ビートルズやローリング・ストーンズのドキュメンタリーを手掛けていた1960年代から近年にかけて、彼の手法や映画制作に対する考え方の変化などはありましたか?
レベッカ:父は弟のデイヴィッドと何年も一緒に仕事をしていました。彼らは兄弟で働く事を好み、素晴らしいコンビでした。年齢を重ねるに連れて仕事の経験も増えていくので、変化があることは当然だと思っています。私にとって叔父であるデイヴィッドが先立ち、父はたった独りで仕事をすることが増えたように思います。デイヴィッドの死後、沢山の映画を作り続けていました。カメラマンである父にとって、カメラは必要不可欠で特有の存在であり、カメラを自分で作り上げることもしていました。父はいつも技術というものに関心を持っていました。高い技術への探求心は生涯続いていたと思います。技術が進化し始めた時には非常に興奮していました。デジタル時代に突入し、カメラが今までより軽く、手頃な価格になった時、彼は本当に嬉しそうでした。カメラのサイズと重量を、ここまでコンパクトにした技術の発展に感激していました。
ほとんどのアーティストがキャリアの中で変化するように、彼の作品も長い時間をかけて変わっていきました。しかし彼の精神や、他者への深い思いやりはずっと同じままでした。私の父は寛大で、好奇心旺盛な人でした。常に落ち着いた性格でありながら、カメラマンとしては鋭い観察者として、高い集中力で打ち込める人でした。そのような感覚をキャリア人生の最後まで持ち続けていました。彼は「全ての人間が、どんな相手とでも共通点を見出すことができる」という信念を持っていました。自分が関係できる何かが、きっと他人の中にもあるという考えです。人の事を理解できれば、自分自身の事ももっと理解できると信じていました。そのような他人への思いやりや、他者を理解をしようとする感覚が彼の作品にも表現されていると思います。映画に登場するキャラクターを愛することは彼にとって非常に大切な事であり、この映画にも表れているはずです。
Q:監督とあなたは、いつごろからアイリス・アプフェルを知っていましたか?
レベッカ:面白いことに、父もアイリスもこの映画が始まるまで、お互いの事を全く知りませんでした。私達がアイリスに初めてお会いした時は、アイリスの友人であるジェニファー・アシュ・ラディックが監督とプロデューサーのローラ・コクソンに声を掛け、映画の主題にアイリスを、と提案してくれたのです。全員が初めて出会った瞬間から、すぐにうまが合うことが分かりました。ハーレムのオフィスで長時間ミーティングをしましたが、この映画には素晴らしいケミストリーが生まれることを、会議室にいる全員が確信しました。
ⓒIRIS APFEL FILM, LLC.
Q:なぜこの映画を制作しようと思ったのでしょうか?初めからあなたも関わっていたのですか?
レベッカ:監督は、アイリスに出会った時から意気投合しましたが、私もこの企画に交わったら非常に面白い事ができる予感はしていました。始動時に、この作品がどんなものになるのか、確固たる理解が出来ていた人は一人もいなかったと思います。しかしアイリスが面白い人で、ダイナミックで、クリエイティブで、勤勉であることは理解していましたし、監督とローラにとっては最も重要視していたことです。最初はアイリスが参加する様々なイベントに同行して撮影するところから入り、次にアイリスが毎年学生に教えているテキサスのクラスへと向かいました。父はアイリスに「私達はただあなたの周辺で起こっている出来事や、あなたが過ごしている日常を撮りたいんだ」と常に言っていました。このように映画撮影が始まり、撮影スタイルも決まってきたのです。アイリスも監督も非常に忙しく、常に予定が詰まっていたので、撮影日は散在的で、継続して撮影しているわけではありませんでした。少人数の撮影クルーで仲良くやっていました。撮影に行くと、必ず自分達も楽しんでしまうため、撮影中は心地よく、特別なひとときとなっていきました。アイリスと監督は良好な関係を上手く築き、お互いに安心感を抱いていました。
Q:映画の準備期間、撮影期間、合わせた制作期間はどれくらいでしたか?
レベッカ:4年以上です。全体の長さでは200時間、撮影をしました。長い時間、ずっとカメラを回し続けているわけではなく、何か月も撮影をしない時もありました。私達は少ない人数で撮影を行いますが、アイリスと監督がとてつもなく忙しい人達だったので、スケジュール調整が大変で、撮影日はカレンダーの中で散在していました。撮影できる日は出来るだけ長く撮影したいと思っていましたが、アイリスも監督もエネルギーに溢れ、その日中にしなければならない撮影も、あえてその日中に終わらないようにしていた時もありました! 撮影は朝から始まると、毎回遅い深夜まで行っていました。編集には一年以上かかりましたが、撮影している時期と編集している時期が被っていたこともあります。
Q:劇中のアイリスはめまぐるしく働きまくって驚かされます。彼女の日常を密着して、監督は映画を通して、アイリスの何を伝えたいと思われたのでしょうか。
レベッカ:私達が最も興味を持ったところが、アイリスのクリエイティビティと体力です。いつも何かに興味を持ち、調べていました。アイリスのそんな性格も、私達にとっては大事なポイントでした。彼女がよく働き、仕事に集中していること、また同時にいかにアイリスがその事に愛情を向けているかを映すことに全力を注ぎました。アイリスの働くことへの姿勢には、本当に感心しました。勤勉なだけでなく、全ての仕事を完璧にこなす独自のスタイルを持ち、驚かされました。アイリスにとって重要な事は、ただ面白い洋服を着た人だと他人に思われないかどうかでした。この点については非常にセンシティブで、我々も同意しました。彼女が関わっている全ての企画や、これまでの歴史、長年の仕事のパートナーであり、夫であるカールとの関係にも驚かされました。こういった全ての要素をきちんと撮影する事が、私達のテーマでした。
Q:劇中アイリスとカールの夫婦愛も感動的でしたが、アイリスと監督の友情関係もあたたかく微笑ましかったです。どのようにして信頼関係を築いていったのでしょうか。
レベッカ:監督とアイリスは、本作で一緒に仕事をするまでは面識がありませんでした。しかし、出会いからすぐに打ち解け、良好な関係を築いてきました。私から見て、アイリスが監督を信頼したように思います。監督の仕事への取り組み方や、一生懸命さをアイリスは心から尊敬していました。一方、監督の方も、アイリスに対して同じように感じていました。お互いに深い関係を築けると確信したのだと思います。二人ともかなりの高齢で、人生が続く限り働き続け、自分の得意とするものをしっかりと持っていました。自分達が愛する物事をやり続ける、ということは普通は中々出来ないことで、特にアメリカではそのような人は少なくなってきています。自分の好きな事を仕事と直結してできていることが二人の共通点でした。監督はアイリスに興味津々で、カールとの夫婦関係も尊敬し、一緒に撮影することを楽しんでいました。
Q:監督はこの映画の撮影後も他のプロジェクトに取り掛かっていたと聞きましたが、彼がやりのこしたことがあるとすればなんだったのでしょう。次に彼がやりたかったことが何だったのか教えてください。
レベッカ:監督は本作と並行して、複数のプロジェクトに取り掛かっていました。最後のプロジェクトとなった一つには「Transit」という映画があります。アメリカの電車内にいる人々をテーマにした作品です。その作品はずっと前から彼がやりたかったもので、完成の最後の時間まで楽しんでおり、亡くなる最後の年に無事完成させました。
Q:撮影した映像でカットされた映像など、秘蔵映像素材はありませんか?
レベッカ:映画の尺は1時間ちょっとなので、実際には使わなかったシーンが山ほどありました。
Q:様々な映画祭での上映や、アメリカ、イギリスなど各国で上映されていますが、観客の反応はどうでしたか。また、それをどう受け止めましたか?
レベッカ:非常に長い制作期間でした。とてつもない時間と労力を費やしてきましたので、作品が好反応だと聞いた時は感激しました。また沢山の人から、映画の中のアイリスを見ていたら、自分の家族の誰かを思い出したと聞き、嬉しくなりました。多くの観客がストーリーを楽しみ、アイリスという人物を見て、知る事を楽しんでくれたと思いますが、沢山の監督ファンにとっては、監督本人が少し映画に登場したことも嬉しかったようです。監督のスピリットがこの映画には詰まっていると思います。
私はこの映画を誇り高く思っています。素晴らしい人たちが集結してチームとなり、誰もが一緒に働ける事を楽しみ、沢山の事をお互いから学び合っていました。いい仕事をしただけでなく、同時に楽しんだ時間だったと思います。映画制作において、これまで当たり前だと思っていたことがありました。一緒働く誰もが自然でいられ、お互いに気楽に仕事ができる、そんな制作環境は実は滅多にないのです。しかし、私の父である監督は驚くべき着眼点があり、撮影時は常に穏やかでした。そのことを私は彼が亡くなるまで気付いていませんでした。私がこの映画で最も好きな点は、そんな父のスピリットが詰まっているところです。アイリスのことを撮影していながら、父の存在というものを、この映画では感じられます。そんな映画の一面は、私にとって大変刺激的でした。
STORY
NYパークアベニューの自宅で、ハイブランドのジャケットに、ヴィンテージアクセサリーや民族衣装を合わせ、即興でコーディネイトを披露する、アイリス・アプフェル。1950年代からインテリア・デザイナーとして活躍、美術館やホワイトハウスの内装を任され、ジャクリーン・ケネディを顧客に持つというキャリアの持ち主。アイリスの”成功の秘訣”に迫るべく、展覧会や老舗百貨店でのディスプレイ企画、売り切れ続出のTVショッピングなどの舞台裏に潜入する。
『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』
3月5日(土)角川シネマ有楽町他全国ロードショー
ⓒIRIS APFEL FILM, LLC.